I'm In LOVE.

It's a sunny day, I sing alone because the song for need is your color.
It's a rainy day, I sing a song of you with so many your colors.

"二十五メートルで区切る理由がわからない。僕は永遠に泳げる気がしていた。"

— 山崎ナオコーラ「男友だちを作ろう」

"「じゃ、最近はまっているものはなんですか?」
「朝もや」"

山崎ナオコーラ「男友だちを作ろう」

!!! - 踊ってばかりの国

見る見るうちに老いるのよ
身体だって思うように動かないよなんて
つべこべ言わずに生きるのよ
アナタはね、死んだって止まらないんだってね

担任、息子の入学式へ…県立高校教諭勤務先を欠席、教育長が異例の注意(埼玉新聞) - Y!ニュース

tsukamoto:

入学式に欠席する担任がダメということはないと思うけれど、仮にダメだとしてもこの話は何か違うと思う。

教師は子供の入学式、卒業式等に参加できなくていい?教師の子供は「だから君は入学式で独りぼっちだけどしょうがないんだよ」と諭される?教師同士が結婚しようとしたら「君たちが子供を産めばそうした節目を独りで過ごさせることになるよ」と止められる?もちろんnoだと思う。少なくとも、心情的にはnoだよね。

だとしたらこらは教育体制、たとえば県教育局の問題の話だと思う。なぜそういう節目の年の教師を新入生の担任に付けたのかな?それが人材配置的に避けられなかったなら、なぜ休暇届が出された時に、例えば代わりに家庭訪問などの応急手当てを講じなかったかな?この件について何かできたのは、教員本人じゃなくて学校やその上の人たちだと思うんだ。

「担任の自覚、教師の倫理観が欠如している」に共感できないし、「教員としての優先順位を考え行動するよう指導する」の具体的な意味が僕には分からない。「君たちは子供の節目であっても、担任クラスの行事を優先しなさい」と指導するのかな。だって何かできたはずの人たちが、そうした配慮をするのではなく担任を指導すると言ってしまったら、両立の方法はないと思うんだ。

教師だから宿命的に起こる日程の衝突だけど、組織と構成員(例えば会社と会社員)の間でどこでも起こりうる話だよね。わりと身近な「空気」の問題だ。この教員たちが、多分3年後だと思うけど、子供の卒業式にもでられるといいと思う。

GO OUT JAMBOREE 2014

GO OUT JAMBOREE 2014

僕にとってのイコンみたいな彼女の姿
神様じゃなくても!

止まらない輪の中で密やかに散らばった
幸せの種をいくつも知ってるよ
止まらない輪の中でもっと強くなれるなら
君のために僕の全てを捧げてもいい!
神様のいない国で僕が信じているもの
君のために僕の全てを捧げてもいいよ

Flowers In The Window - Travis

Wow, look at you now
Flowers in the window
It’s such a lovely day
And I’m glad that you feel the same
'Cos to stand up in the crowd
You are one in a million
And I love you so let’s watch the flowers grow

グッドナイトイズカミング - ふくろうず

すべてが愛しいってことは
すべてを選べないってことで
すべてが愛しいってことが
こんなにも不思議、苦しませる!

優しくしたいな 優しくしたいな
失くしてくかけがえのない人、
想い、言葉、すべての夜を
優しく優しく優しくさわって、

合図は、フィーリング!

"ぼくは十七歳だった。それが一番美しい年齢などとは誰にも言わせない。"

(Source: instagram.com)